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癒しのプロセス

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私たちが心の問題を

解決して、元気を

取り戻すためには、



深く癒されることが

必要です。



心からの「癒し」。

魂レベルのヒーリングです。



心理カウンセラー

 長谷川貴士



それでは、癒しとは

なんでしょう?


癒しとは、愛です。

自分への愛です。



今の自分をありのままに

責めることも、

批判することも、

評価すること無しに


ただ愛することが

出来ることが

癒しです。



それは同時に、

今の自分を織り成している


過去、両親を

責めることも、

批判することも、

評価することなしに

ただ、愛する。


このことでもあります。



ですから、


癒しはとても難しいことです。



いっぺんに、

たくさん癒されることなら

なおのこと、


たった一つの経験からの

影響を癒すことも

時間、根気、忍耐、


優しさ、保護、謙虚さが

たっぷりと必要に

なります。



ですから多くの人が、

癒しのプロセスに挫折して、


あきらめて、敗北感の中で

うずくまり、身も心も

固くして、


本来の柔らかで優しい

自分ではない何かに

変質しています。



この固さ、敗北感を

ビリーフと呼んでいます。



ビリーフチェンジセラピーは

癒しのプロセス、つまり、

固さを外すお手伝いです。



   



さて、癒しは

どのようなステップ、

プロセスで進んで行くの

でしょうか?


「癒し」のプロセスには

まず始めに「痛み」が来ます。



この「痛み」無しに

「癒される」ことがありません。



痛みとは、私たちの人生に

いつでもある、充満している、

理不尽、不運、

思うにならない現実、

理想とは程遠い今、

このことです。



子供や両親がいつも自分の

思い通りということは

どこにもないですし、


理想的な職場や、家、

時間、空間もたまにしか

ないでしょう。


事故には会うし、

物も無くすし

病気にもなるし、

時に親しい人に

早すぎる死が訪れるでしょう。



これが、誰にとっても

人生で、痛みです。

たとえ、何があろうとも、

これが私の人生で、

私の経験だ。



この思いで、

ありのままに見て痛み

愛するとき、


これが、いつでも癒しの

始めの一歩です。



これ以外に、

癒しを得ることも、

始めることもできません。


固さにとどまり、

自責と、敗北感の中に

うずくまり、

とどまります。



人生、世の中、家族達の

暗さ、理不尽を嘆きながら。

面白くもなんともない人生。


砂漠、荒野、潤いの無さ、

この痛みにとどまります。



        ⬜



この「痛み」を判断、批判する、

原因を考え、決めつける、

これなしに、


ただ、「痛み」として、

ただ「痛み」があった、

そう認められるとき、


それは、「過去」となり

「今」ではなくなります。



これが「癒し」です。

考え続ける限り、

それは「今」であり続けます。



     □



「痛み」を考えることなしに

感じきったとき、


「癒し」が始まります。



「痛み」や、

「痛み」の原因と


自分が信じていることを

責めることも、

疑念をもつことも、

考えることもせずに、


ただ、ありのままに

認めて、尊重して、

感じてあげてください。



「痛み」はいつでも、

私たちの「子供」です。



私たちは「母親」として、

それをありのまま

受け止めることができます。



このように、「癒し」の

プロセスは常に個人的です。



誰かの「痛み」を

癒すことができる

他人は存在しません。


恋人も、母親も、父親も、

どのようなセラピストも、

あなたの「痛み」を

「癒す」ことはできません。



どのような「痛み」であれ、

他人が、誰かの「痛み」を

「癒す」ことは不可能です。


どのような「痛み」であれ、

心理的であれ、

肉体的であれ、


「痛み」は自分の治癒能力で

「癒す」より他に方法

がありません。



このことが明確でないとき、

「痛み」や、

「痛み」の原因と自分が

信じ込んでいる対象を

責め続けること、


つまり、

これは「戦争」ですが、


このような「問題」は、

永遠に解決しません。



自分の治癒能力への

信頼からしか、

何も始まることがありません。


その他の一切のことは

無駄骨です。


何も生み出さず、

一歩も進むことが

ありません。できません。



何か同じ景色の中に

止まり続けます。


停滞、澱(よど)み、

混沌、弱さを経験し続けます。


誰も他人を「癒す」ことが

出来ないのだとしたら、

心理セラピーとは

なんなのでしょう?



それは、

「自分は自分の力で

 自分の心理的な「痛み」と

 向き合い、癒す力がある。」

これを思い出す「場」です。



自分への信頼、

つまり自信を

取り戻す「場」です。


ですから、

心理セラピストは、

そのクライアント様の

「力」を信じます。



もし、誰かが、自分で

自分を「癒す」ことが

出来ない、不可能なのだと

したら、


その人は

セラピストや

誰かあなたを


「癒すことができますよ!」

と言いながら近寄って来る人の

「奴隷」になってしまいます。



誰かに「依存」して、

その人に隷従するより

他に、自由も、平和も、

楽しみもなくなります。


それは「怖れ」とともに

生きる人生です。


誰かが常に自分の

ハンドルを握っています。



それが、お母さんや、

パートナーであることも

多いのは周知の事実。


「お母さんがああだから、

 私はこうなのです!」


「パートナーがこうするから、

 私はこうなるのです!」


これは、相手に自分の

心や人生のハンドルを預け、

隷属しているんです、と

訴えているわけです。



ですから、


嫌ならやめればいいのに、

離れればいいのに、

それができません。


ちっとも、少しも。

まるでその気がありません。


ですが、これが人間の人情です。



私も、誰かも、

こうなのです。

いつでも、人生の多くの

時間が、こうです。


ですから、できるだけ、

この時間を減らしたい!


自由で、そして平和な

気持ちでいたい、


これが、心理セラピーの

効用であり、意味・目的です。



     □



それでは、心理セラピーとは

なんでしょう。



それは、クライアント様が

一人では決して足を踏み入れない、

入ってはダメだ、見てはいけない、

と思い込んでいるところに、

入っていくことです。



大抵、それは入ってみると、

見てみると、それほどのことでは

ありません。



そして、怖れていたことは、

何事も起こることがありません。


常に、「解放」だけが

そこにあります。


心理セラピーは、

自分で自分を「癒す」と

決める「覚悟」を決める場です。


自分の人生の責任を

自分で取る「覚悟」です。



そして、自分で歩み始めます。

このとき始めて、生き始めます。

自分自身を生き始めます。


とても晴れやかな気分になります。



私たちがしたいことは、

いつでも、このことだけです。


ただ、自分自身で居たいだけです。


何かが欲しい分けではありません。


自分自身でいることを望んでいる

だけです。


そして、そのために必要なことが

できる「自由」を求めています。

私たちに必要なサポートは、

「覚悟」を決める、


自分の力への信頼を取り戻す。


これが大切です。



私はみなさんの力に信頼を

置いています。

そのために、私のクライアント様には

さまざまな「成果」が出ています。



私の心理カウンセリング
(ビリーフチェンジセラピー)
ご予約は下記よりお願いします。

幸せになりたい方はぜひどうぞ。

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by ayabelife | 2017-11-07 19:30 | ビリーフチェンジセラピー

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by 長谷川貴士(心理カウンセラー)