体験は何よりの理解

おはようございます~

寒む寒い、綾部吉水の朝です。

今日も時間があるので、書いてみたいと思います。


「分かっちゃいるけどやめられない」って、ありますよね。

頭で理解できても、そうなれない自分。
たとえば、イライラしないほうがいいのに、イライラしてしまう自分とか、
大らかでいたいのに、細かいことを気にして心を苦しくしてしまう自分とか。

お勉強をしすぎて、知識を詰め込みすぎた人に多い、この現象。

私もそういう時期があったので、ここでお話させていただきます。


昔は、情緒不安定がひどかったです。
ニコニコしていたかと思ったら、ちょっとしたことで、イライラしたり、メソメソしたり。
でも、また、ニコニコ楽しい気分になったり。
躁鬱みたいに、ハイパーテンションと、ローテンションを繰返すような性格でした。

そんな私は、自己啓発本とか大好きで、そういう本を読んだ時だけ、自分が立派な人間になれると確信をして、自分が変われると希望を見出して、1週間くらいは、精神的にも安定して、過ごせるのです。

何か嫌なことがあっても、
「プラス思考で、考えると、こうこうこういう解釈で、だから大丈夫なんだ!」
みたいな、風に考えて、イライラしたり、怒ったりすることもなく、大らかな自分で過ごせるのです。


でも、しばらく経つと、また、もとの自分になり、
メソメソしたり、イライラしたり・・・かと思ったら、ハイパーテンションで、元気いっぱいだったり、

とにかく、アップダウンの激しい性格でしたね(^^;)。


そんな時に出合った「マクロビオティック」という、食事法。

イライラ、メソメソも、食べ物の陰陽バランスからきていますよ、
中庸の食事をしたら、心も安定しますよ・・・ということを、マクロビオティックで教わりました。

今まで食べていたものが、心にも影響していたなんて、ほんまかいな~・・・!で、
半信半疑で始めたマクロビオティックでしたが、
何事も、鵜呑みにせず、自分の体で実験してみたい好奇心の旺盛な性格ですから、
まじめ~に、とりあえず2週間くらいは、ガイドラインにのっとって、食事をガラッと変えてしまいました。


今までは、
朝はトーストにコーヒー牛乳、トマトとレタスのサラダとか。
昼はモスバーガーとか。
夜は一人用の鍋で、豆腐とか野菜とか中心に。

お菓子は、毎日。せんべいとか大好きでした。

これが私にとって、ヘルシーな食事だと思っていました。
洋菓子より、和菓子選んでるし・・・とか、
野菜は積極的に取ってるし・・・とか、
太ってしまう炭水化物は極力摂取しないようにしているし・・・とか、
良質のタンパク質は、牛乳とチーズと豆腐や鶏肉で摂ってるし・・・とか。

そんな私が、一気に食事の内容を変えました。

未精白の穀物の玄米を毎日2合ほど。
小豆とかぼちゃを炊いたもの。
切り干し大根の煮物。
ひじきの煮物。
キンピラごぼう。
味噌汁。

そんな質素な食事ですが、2週間、同じ物を食べ続けても、全然大丈夫。

逆に、力はみなぎる、
頭は冴える、
情緒不安定もなくなり、
スッキリ気持ちのいい自分で生きている毎日を過ごせるようになりました。


そのとき分かったこと。


「体と心は繋がっている」。


サイコセラピストの棚田さんは、
「体は、心を別の角度から見たもの」
と、おっしゃってます。

ので、体と心は「別のもの」ではなく、
体と心は、表裏一体。同じである・・・と、私の考えがあります。


頭で分かっちゃいるけど、出来ない!やめられない!

と、いう方。

体を変えると、自然に、楽チンに、自分の本当に求めている心の状態になれますよ。


今でも私にだってありますよ。
「ごめん」って、素直に謝れば、済むことでも、いこじになって、その一言が言えない自分にぶち当たって、
「分かっちゃいるけど、やれないなぁ~!!」と、妨げるプライドに、嫌気がさす時。

そんな時は、「ごめん」と誤ることが、どうしても自分の中で出来ない「大きなハードル」の様に感じます。
いこじになったりして、素直に「そうしたほうが楽なのに」、わかっているけど、できないんですね。

そんな時こそ、体を浄化して、アーマや余計なドーシャを排泄してあげると、
その大きく見えたハードルが、小さく見えるようになって、素直に行動できる自分になれてたりします。

これは、自分の解釈が変わったからに他なりません。
自分の視野が広がって、心が大らかになったから、問題が小さく見えるようになって、「ごめん」が言えるようになるのです。

自分の視野を狭くさせているもの、自分の心を固くさせているもの、自分をいこじに頑固にさせているものも、自分の体が関係しています。

体がポジティブだったら、とても大きく感じる問題に対しても、勇気を持って挑む力がみなぎってきますし、
自分に乗り越えるだけのパワーがある・・・と信じることができます。
自然と、ポジティブに考えられるのは、体がポジティブだからです。

逆に、体にアーマが沢山たまり、体がネガティブでしたら、考え方もおのずとネガティブになり、恐怖が自分の足を引っ張ります。問題が大きく見えて、とても太刀打ちできないんじゃないかと、感じてしまいます。
自分に、その問題を乗り越えられるだけの力がないと、思ってしまいます。


私が自分の経験から言えることは、
イライラするのも、メソメソするのも、心が狭いのも、頑固なのも、
自分の心が、思い方が悪いからなんだ・・・と、責めるより、
自分の体を浄化して、アーマを体から無くし、気(プラーナ)の流れが良い体を作ったら、
自然と「幸せを感じられる」自分になっている、ということです。


この、
「幸せを感じられる」自分っていうのは、何度もブログで書いていますが、サットヴァ(純性・至福)という状態です。

実は、私たちは、生まれながらにして、サットヴァの性質を持ち、いつも幸せは自分の中にあるのです。
それが、思考という雲(メンタルアーマ・ボディリアーマが作り出す)がかかってしまったがために、青空(サットヴァ)が、見えなくなってしまっただけなのです。

ので、「チルチルミチルの幸せの青い鳥は、外に探しに行ったけれど、いなかった。家の中にいた」というお話は、真実をついている、奥深いお話ですね。

幸せが、外にあると思って、何かを手にしたら、幸せになれると思って、何かを追い求めますが、
何を手にしても虚しいだけ。もっと、もっとと、かき集めたくなります。

立ち止まって、自分の中に至福がある・・・と気付くまでは、いつまで経っても、何かを追いかけた人生です。


「何か足りないから、何かくれ~」と宇宙に発信している自分は、「何か足りない」という現実を作り続けるのです。

が、至福に至り、幸せは自分の感じる心の感じ方だったと分かったら、
「満たされています・ありがとう」ということを宇宙に発信するので「満たされている」という現実を作り出します。

この、心理のからくりが分からない限り、「思いが叶わない。いつも欠乏している」という状態から抜けられません。


個人個人の心の状態、意識を、宇宙は鏡の様に見せてくれるのが、この現象界です。

「わたし」と「宇宙」は別物ではなく、「わたし」=「宇宙」ですから、
わたしが腹の底で思っていることを、宇宙は鏡の様に現実化させるのです。


「今の私だと、全然ダメだから、良くなりたい!」と思っても、
「私はダメ」を実現し続けます。

これが、少し前から書き続けている「ビリーフ(観念・思い込み)」の怖いところです。


今、手にしている現実が、不満であるなら、自分の中に「不満」が巣食っているのです。
今、手にしている現実が、幸せであるなら、自分の中に「幸せ」があるのです。

断食をしていって、アーマを浄化していった先には、
サットヴァが感じられる自分になり、無条件の至福を感じれる自分になり、
そこからが、「満たされています・ありがとう」の自分が始まるのです。
それが、楽チンに幸せになる道です。

わかっちゃいるけどやめられない人は、
体を変えると、わかっていることが、出来る様になりますよ(^^)♪

これ、本当に優しい道だと思います。

考え方を変えたり、
感情をコントロールする必要はありません。

体を元気に、気の流れのいい体にしてあげたら、
自然と考え方も、感情も、変わります。

あら、これ、不思議。


色んな本を読んでも、
頭で理解できても、
体を変えて、内側から湧き出る感覚に勝る理解はないと思います。


この施設で浄化療法をやり始めた動機って、それですね。

「浄化された自分を体験して欲しい」
「体が変わった自分で感じることや、考えることが、変化していくという経験をして欲しい」


それをしてみたい人に浄化療法を提供しています。
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by ayabelife | 2012-12-07 12:00

心理カウンセラーのホ・オポノポノ研究ブログ


by 長谷川貴士(心理カウンセラー)