タブーを許す

私の瞑想の先生に出会ってから、考え方がゴロッと変わりましたね。

人生は修行だ!!

くらいに、自分に厳しく、他人にも厳しかったのが、私の瞑想に出会うまでの人生です。

「人生は修行だ」

これは、最近何度もブログで取り上げている「ビリーフ(観念・思い込み)」の一つです。

私たちは、3才~15才の間に、経験したことで、ビリーフ(観念・思い込み)を、固定します。
「固定観念」ってやつですね。

ビリーフは、潜在意識にインプットされ、その後の人生は、このビリーフを強化していくことを自分で無意識のうちに選び、引き寄せ、それ(ビリーフ)を何度も体験することによって、さらに固定観念を強化していきます。

これは、心理学の目から見た、私たちの人生の説明です。


「人生は修行だ」。
なぜ、そのように思っていたかというと、その前に「今の自分では不十分」という思い込みがあり、
「ありのままの自分であってはいけない」という、根本的なビリーフが私の中に植えつけられていたからです。

そんなビリーフを持っていた私は、自分が貧乏で、仕事が大変で、ストレスにさらされている現状を、自分自身で引き寄せて、それを体験し、
「あ~、やっぱり人生は修行だ!」と、観念を強化していくのです。


まぁ、そんな痛々しい人生を送っていたのですが(笑)。

その根底には、「ありのままの自分であってはいけない」という、セルフイメージ(自分で自分をどう思うか)の低さが、あるのです。

もっと、端的に言うと、「自分で自分が愛せていない」ので、自分を粗末に扱う人生を、無意識のうちに、選択してしまっていた・・・ということですね。

そんな私も、自虐的な人生を送りながらも、「もっと裕福になりたい」とか、「もっと、楽な仕事をしたい」とか、思っているわけです。
でも、知っていましたね、本音の部分では、そんな仕事に出会っても、やりがいを感じない自分がいることを。
だって、「人生は修行だ!」なわけですから、しんどい仕事に就きながら、嫌だ嫌だといいながらも、辞められず、本当の心の底ではそれを「喜んでいる」自分がいる・・・って、薄々気付いていました。

「喜んでいる」というと、理解しにくいかもしれませんが、それをやめられない(しんどい仕事を嫌だ嫌だと言いながら、辞められない)自分がいるのは、気付いていました。

やめられないって事は、自分で選択しているのですよね、結局は。

不思議なもんですね。
自分で自分が大嫌いだったわけですから、そんな大嫌いな自分が幸せになったりしたらダメなんですよ(笑)。

そんな価値のない自分は、こんな労働条件の悪い仕事でいい、お給料はこんなもんでいい・・・って、潜在意識の部分で、それを認めているんですね。

そして、それが自分にお似合いだと、心底(潜在意識では)思っていました。

でも、矛盾するのが、表向きは、「今がこんなんだから、もっと○○になって欲しい!」と、願っているのです。

でも、これはことごとく叶いません。

なぜなら、潜在意識で思っている自分のイメージ、人生のイメージ、お金に対するイメージ、結婚、恋愛、人間関係に関するイメージ(固定観念)が、叶っていくのですから・・・。


そんな人生を34歳まで繰り返し、瞑想に出会って、違った角度から、人生を見ることができました。
これは、本当に恐ろしいですが、この先生に出会ってなければ、私は一生「人生は修行だ!」をやっていたと思います(^^;)。

そして、自虐的な人生を送り、朝早くから、夜遅くまで仕事漬けで、休みの日も出勤し、時間が無い、お金が無い・・・とストレスを溜めて、生きていたと思います。



瞑想に出会い、先生が教えてくれたことは、「豊かさを受け入れる」ということです。


「多くの スピリチャル系が 贅沢することや 自分自身を楽しませることを罪だと思ってる。 (エゴだと裁く) 」

というのです。
はい、私もそう思っていましたが?なにか?
みたいな感じでした。最初は。


でも、先生はこうおっしゃいます。


「私は 世の中にある 贅沢することや 楽しいこと これを経験しないで 
人生が終わることが 罪だと思ってる。 」


というのですね。
でもですよ、求めても得られなかったのです。
それは、夢のまた夢ではないですか、私みたいな人間にとって・・・!
と思ったわけです。


「だから まずは 許すなんですね。許さないと 移行できない。のでね。
 自分がダブーだと思ってるものを許すことです。
少し 時間がかかるけど それでも 着実に進歩してると 感じます。 」



そう。
幸せになる自分を「許す」。
贅沢を楽しむ自分を「許す」。
愛される自分を「許す」。



なぜダメなんですか?豊かなことが。
なぜダメなんですか?贅沢して自分を楽しませることが。
なぜダメなんですか?愛されて、くつろぐことが。



瞑想に出会うまでの私は、
幸せになることを求めながら、いざ、幸せが近付いてくると、居心地が悪くなる、もしくは、自分から潰す。
贅沢は罪悪感。贅沢は悪。
愛されることを求めながら、愛されると恐くなる。愛されると居心地が悪くなる。

こんな感じでした。

そりゃ、潜在意識がそれを受け入れていないから、叶わなくて当然ですよね。

こういう教えが、私からみたら、目からウロコだったわけです。

でも、これを受け入れない「固定観念」が、徐々に排除されていって、今ではどうかというと、


「自由」


なんですね。

何を選んでも自由。



自分が「タブー」だと思っていることを「許す」ことにチャレンジしてますが、とっても気持ち良いですよ。


色んなことにがんじがらめになっている自分を、許して、根深いタブーを解放していく。

そんなことからでしょうか?

最近、本当に体力がよみがえってきました。

心が軽くなると、体も軽くなりますね。
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by ayabelife | 2012-12-11 13:27

心理カウンセラーのホ・オポノポノ研究ブログ


by 長谷川貴士(心理カウンセラー)