愛はいつもそこに

 
 愛する、 悲しむ、 怒る 、 楽しむ 、、、、、


 何につけ、感 情 は 結 果 です。


 行 動 や、 出来事 の あとに付いてくるものです。



 愛さなくては、


 ここは、悲しく思わなくては、


 わたしも、みなと同じように 怒らなくては、


 楽しまなくちゃ、


 このように、

 意志や、意欲によって、 感 情 のコントロールを

 試みる時、わたしたちは何を経験するでしょうか?



   それは、


 無理強い、 強 制 、 束 縛 、 執 着 、そして、裏切り です。



 わたしたちは、それらの感情からは、離れたいと望むのために、

 感 情 を 意志や意欲でコントローールする試みは、

 いつまでも続けられることはなく、


 いつも終いには失敗し、敗れます。

     
   
   そして、


 やはり、わたしは

 自分を大切にできない、愛することが出来ない人なんだ、

  このことは、悲しめない わたしは、 やはり 冷たい人間だ

 このことを怒れない、わたしは 責任感が足りない人間なんだ

  わたしは、結局人生を楽しめない人間なんだ

 だから、仕方ないんだ。

   という、

 今までと同じ 感 情 に戻ってきます。


 その 感 覚 は、

 わたしにとって 行 動 をしなくてよい 理 由 となり、

 わたしたちを 弱 く させます。


 

 意志や意欲 と 感情とは 、

まったく別の惑星に住んでいるぐらい距離があります。


惑星間はお互いに引力により影響を与えあっていますが、

その環境や生態に、直接関わることはできません。


環境や、生態はその惑星自体の閉じた事情が主に作用します。

 
 意志や意欲 と 感 情 との関係はそれと似ています。


  また、


 愛や、悲しみ、怒り、楽しい、、、、 感 情 は 取 引 ではありません。


 何かの 不 足 の 埋め合わせ や 代償、償 い として扱うことはできません。


  ですから、


 愛しているから、悲しんでいるから、怒っているから、楽しいのだから、


 何かが許されたり、何かを免れてたりすることはありません。




  そのような 感 情 に対する態度も、

  わたしに事実を見えなくさせ、

当然に果たすべき責任から逃れられるという幻想が生まれ、

 わたしが  必 要 な 行 動 しなくてよい 理 由 となり

 わたしたちを 弱 く させます。
 



 愛や、悲しみ、怒り、楽しい、、、、 感 情 は ただあります 。



 家族、家系(ルーツ)の一員として、



 この惑星の生態系の一員として生まれた時に、



 育まれ、引き継がれ、あります。



 それは、 ただある のです。


 
 愛 は ただあります 。



 惑星と惑星を、そして、惑星とわたしたちをつなぎとめている引力のように、



 わたしにも、誰かにも、何かにも、いつもあります。



 わたしたちが、


 わたしを、誰かを、何かを、手放す時、


 わたしを、誰かを、何かを、自由にするとき、


 愛 や、 感 情 を 何か自分の所有物のように


 勝手気ままに扱えるものだという幻想から離れるとき、



 そこに 愛 が現れます。



 愛 は いつもあります。



 わたしが、その盲目から離れ、

 愛 の 真実に触れる時、

 わたしたちは、愛 を経験し、



 愛 は これまでもずっと、

 片時も離れることなく、

 わたしのそばにあったことを真に知り、


 すべてが 愛 の 内 に収まり、

 平 和 が訪れます。 


 
 それが 愛 であり、


  そこが、

 わたしたちが歩みを始めたところ、

 また、帰る場所でもあります。




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by ayabelife | 2013-11-19 19:30 | セラピストのこぼれ話し

心理カウンセラーのホ・オポノポノ研究ブログ


by 長谷川貴士(心理カウンセラー)