ホ・オポノポノで「問題」が解決しない理由 1/2

ホ・オポノポノ
何か「問題」を「解決」しようと
望むなら、

それは、ホ・オポノポノでは
ありません。


ホ・オポノポノで
「問題」を「解決」しようとするならば、

それは、病気や死に向かう
危険な動きです。


心理カウンセラー
長谷川 貴士
です。


ホ・オポノポノは、
「問題解決」のための

道具(ツール)でも、
方法(メソッド)でも

ありません。

ホ・オポノポノとは、

歩みを進める「道」であり、

ライフワークであり、
ライフスタイルです。


ホ・オポノポノは
トラブルの解決手段では
ありません。


うまくいかない人生の
救済でもなければ、

最期の切り札ということでも
ありません。

ホ・オポノポノとは、
単に「生き方」です。


ですから、

ホ・オポノポノという「生き方」を
知って、採用するのか?

それとも
採用せずに、
通りすぎるのか?

ただ、この選択だけが
「問題」です。



     □


私たちが人生で経験する
リアルな、生の体験としての

トラブル、嫌なこと、ストレス、
思う様にならない(停滞)、

このようなことが

「私にとって「問題」だ!」

こう感じているとします。


そして、この「問題」を

「解決」したい!

こう望むとします。


その「解決」が、

ストレスや、
停滞が無いコト、

流れに乗ること、
スムーズさ、

うれしいことと
出会うこと。


これらのことだとします。


この「解決」を望んで、期待して、
ホ・オポノポノするならば、

全てが台無しです。

そればかりか、

「メモリー」が余計に増えて、

私達や、ウニヒピリは、
今以上に(アカコードと)

「もつれ」て、
がんじがらめになって、

固く、動きの無い、

窮屈で、息も詰まるような
苦しさを増やす結果を得ます。


仕事に、恋愛に、人間関係に、

何事も行き止まりで、
行き詰まります。

同じことの繰り返しの中を
延々と生き続けます。


      □


同じ失敗や誤り、

または、

同じ成功や喜びを

繰り返す(巡る)ことを

「変える」のか?

「変えない」のか?

これが、「ホ・オポノポノ」

を選択するのか?
選択しないのか?

というたった一つだけの
「問題」です。

つまり、

「変える」

=ホ・オポノポノを「(採用)する」
 ホ・オポノポノを「生きる」


「変えない」

=ホ・オポノポノを「(採用)しない」
 ホ・オポノポノを「通り過ぎる」


これのどちらかを
「選ぶ」ことが、

私達の仕事です。


理性・思考・意識・意思の
大切な仕事・働きです。


ホ・オポノポノするのか?
しないのか?


このことは、
私達一人、一人に

「自分で決める」ことが
許され、委ねられています。


誰のことも、
他人が決めることが
できません。


ですから、

繰り返しの中を
巡り続ける人生を

「変える」ことを
始めることができるのは

ただ、「私・自分」、
一人だけです。

他に誰もいません。


しかし、

一度(ひとたび)、
私は「変える」と決めるならば、

一度(ひとたび)、
私は、ホ・オポノポノをすると、
決めるならば、

全ての存在が協力し始めます。

それは、いつでもそうです。


全ての存在は、
一年365日、24時間、

片時も離れることなく、
あなた(「私」)がホ・オポノポノを
始めることを待ち続けています。


そして、あなた(「私」)が
ホ・オポノポノを始めるや否や、

いつも、いつでも、
「完璧」に協力してくれます。


「私」がホ・オポノポノを
始めるならば、

「私」が知らない、
気付かない、

見る事も、聞くことも
出来ないところで、

何かが繰り返されることが
一つ終わります。


    □


自分の考え、理想、アイデアが
正しくて、それを実現するために、
自分の人生の時間がある。

「私」は信念(ビリーフ)に生きる。


こう考えて、生きるのではなしに、


「私」が見ることも、聞くことも
できない、「何か」と、

二人三脚で協力し合って
生きて行く生き方が、

「ホ・オポノポノ」です。


この時の私の役割が、
クリーニングを始めること、です。

それは、ただ、
「愛しています。」とか、
「ありがとう。」とか、

心の中で思い浮かべるだけです。


何か難しく、複雑に考えたり、

信念やスローガンを固く決め込んだり、

素晴らしいアイデアを見つけ出す
必要が無い「生き方」です。


      □


私たちが穏やかさの内に、
感じよく、ニコニコ暮らすことを
望むのだとすれば、

どちらの「生き方」が
良いのでしょうか?


何か、努力や気合、苦闘を
楽しんで、難しい顔をしながら、

何か成果や、結果、目的、目標を
掴み取るような、

刺激的な日々を過ごしたいでしょうか?

そして、その結果、
社会的な影響力、貢献度を
高く持つ存在になりたい。

つまり、

他人のために生きたい、
周りの人を笑顔にしたい。


このように、「私」が
社会や他人を変えることを
望むのであれば、


それは、
ホ・オポノポノとは
別のことです。

ホ・オポノポノとは
まさに真逆の動きです。


     □


私達の現実や、日常、
誰かや、他人に、

そして、
状況や、出来事に、

つまり、自分の「外」に

「問題」を見つけて、
「問題」だと決め込むことは、

ホ・オポノポノとは
真逆の「生き方」です。


つまり、

あの人は「問題」だ!とか、

この状況は「問題」だ!とか、

あの人は「かわいそうだ!」とか、

この状況は
「変えなければいけない!」とか、

何かを評価、判断して、
決め込むならば、

ホ・オポノポノを
することができません。



「これは、私が、みんなが、
「解決」しなければならない!」

(たとえ、これがクリーニングしなければ
 ならない!という意味だとしても、)

このように
言ったり、考えたり、

評価したり、
レッテルを貼ったりすることは、

ホ・オポノポノとは
真逆の流れで、

ホ・オポノポノでは
ありません。



         □


何か「問題」を「自分の外」に見る時、
それは、ホ・オポノポノではありません。

自分の「外」、
誰かや、状況や、ニュース・情報を

評価したり、判断するならば、

ホ・オポノポノはできません。


ホ・オポノポノでは、
自分の「外」の何かと出会うことで、

自分の「内」に起こる、
評価・判断・思考・アイデアを

ただ、見つめて、
クリーニングを始めます。

すると、全ての存在が協力を
始めてくれます。

その結果はいつも、私達の
理解も、想像もはるかに越えた
「何か」を見ます。



        □


私たちが日々顔を合わせる人、

パートナーや、父親、母親、友人、
同僚、上司、部下、、、、誰かが

「問題」で、私が苦しんでいる!!


災害が、テロが、戦争が、
事故が、不測のトラブルが起きて、

その状況が「問題」で
私が苦しんでいる!!

このように、
誰かが、出来事が、

自分の外、他、が

「原因」で、「理由」で、

「私や誰かが苦しんでいるんだ!」

こう、考えて、信じ込んで、

決め込み、思い込むや否や、

私たちはメモリーを増やします。

ウニヒピリを新たに(アカコードで)
縛りつけています。

私たちが、何か「問題」を

「自分の内」に見るのでは無しに、
「自分の外」に見る時、

そこにあるのは、
いつでも地獄です。

笑顔の無い日々です。

このことから離れたい、
一歩踏み出して、違う景色が見たい。

ホ・オポノポノは
こう願う人のための
ライフスタイル(生き方)です。


ホ・オポノポノは、いつでも、
自分の「内」とともにある
生き方です。


自分の「内」に、
ウニヒピリも、アウマクアも、
デヴィニティーもあり、

それが「私」なので。


 ◇ ◇ ◇

ホ・オポノポノからの学びを活かした

心理カウンセリングを提供しています。

<心理カウンセラー・長谷川貴士HP>

http://poi.cleaning/

<メニュー>

・対面カウンセリング

・電話カウンセリング

・メールカウンセリングがあります。


  
[PR]
by ayabelife | 2016-05-15 19:30 | ホ・オポノポノ

心理カウンセラー による ホ・オポノポノ の 実践&研究 ブログ


by 長谷川貴士(心理カウンセラー)